協会沿革
- 2015年
一般社団法人 日本車いすテニス協会に法人化
- 2011年
車いすテニス世界国別選手権(南アフリカ大会参加)
齋田悟司、藤本佳伸、本間正広、眞田卓 男子WG2-1位
堂森佳南子、二篠実穂、大前千代子 女子5位
- 2010年
車いすテニス世界国別選手権(トルコ大会参加)
岩田守、米田正人、本間正広 男子16位
堂森佳南子、上地結衣、大前千代子 女子2位
- 2009年
車いすテニス世界国別選手権(イギリス大会参加)
国枝慎吾、齋田悟司、藤本佳伸 男子4位
堂森佳南子、上地結衣、石本直美 女子3位
木村禎宏、長岡尚志、山本徳彦 クァード8位
- 2008年
北京パラリンピック競技大会参加
国枝慎吾、齋田悟司、藤本佳伸、池ノ谷俊夫(男子)
八筬美恵、岡部裕子、大前千代子、堂森佳南子(女子)
木村禎宏(クァード)
国枝慎吾・・・シングルス金メダル・ダブルス銅メダル
齋田悟司・・・ダブルス銅メダル車いすテニス世界国別選手権(イタリア大会参加)
国枝慎吾、藤本佳伸、池ノ谷俊夫、本間正広 男子4位
八筬美恵、岡部裕子、大前千代子、堂森佳南子 女子6位
- 2007年
車いすテニス世界国別選手権 スゥエーデン大会にて男子チーム優勝
齋田/国枝/藤本/池ノ谷
- 2004年
アテネパラリンピック選手派遣
齋田/国枝/中野/藤(男子)、大前/八筬(女子)、高島/當間(クアード)
- 2002年
車いすテニス世界国別選手権 スイス大会にて男子チーム優勝
齋田/国枝/山倉
- 2001年
NECマスターズへ齋田選手(年間ランキング6位)、大前選手(同5位)が出場。
車いすテニス世界国別選手権 スイス大会にて、女子チーム・クァードチームが準優勝。
生涯スポーツコンベンション初の障害者スポーツ分科会で車いすテニスを紹介。
- 2000年
シドニーパラリンピック選手派遣
齋田/山倉(男子)、大前/川島(女子)が出場。(監督/コーチ以外に、テニス専任トレーナーを派遣)
国内ランキング制度の改訂
クラスごとのランキングを廃止し、男子・女子・クァードに統一ランキングを導入。 ローカルポイント制を導入。
- 1999年
日本車いすテニス協会が、厚生大臣表彰受賞(社会参加促進部門)
NECと共同でアジア支援プログラムを再スタート(マレーシア/ペナン市)
機構改革を実施(委員会制度を廃止し、常務理事制を導入)
- 1998年
(海外)国際車いすテニス連盟が国際テニス連盟に統合される
日本テニス協会普及指導委員会で車いすテニスが取り上げられる(コーチカンファレンス)
キッズ支援基金創設
日本女子テニス連盟からの寄付を核にキッズ助成制度をスタート
車いすテニス世界国別選手権(ワールドチームカップ/WTC)支援基金創設
民間からの寄付金を元に「車いすテニス世界国別選手権」派遣チームの助成制度をスタート
- 1997年
全都道府県への車いすテニス紹介活動を完了
- 1994年
キッズプログラムをスタート
以降、厚木、広島、浜松、長野、金沢など障害児に対して、車いすテニスの楽しさを紹介
技術強化プログラムをスタート
以降、若手を中心に技術強化選手を指定し、年間1~2回の強化合宿を実施
沖縄、北海道など未普及地域で講習会開催
以降、徳島、茨城、石川、鹿児島、長崎、山形などで講習会を開催
- 1993年
中国、韓国で講習会開催
以降、スリランカ、タイ、マレーシア、インドネシア、台湾などで講習会を実施
- 1991年
プレーヤーズ協会とJWTAを統一
新日本車いすテニス協会をスタート(委員会制度を導入)
- 1989年
日本車いすテニス協会(JWTA)を設立
- 1988年
車いすテニス世界国別選手権(国別対抗戦)にチーム派遣開始
国際車いすテニス連盟に加盟
日本車いすテニスプレーヤーズ協会を設立
- 1987年
日本身体障害者スポーツ協会種目別団体に加盟
- 1986年
日本車いすテニス連絡協議会を発足